物語



――Story:'you'――



 ……
 …………

 その日、彼女は突然現れた。何の前触れもなく。
 携帯電話から、タブレットから、パソコンから、テレビから。
 自室に、学校に、職場に、街角に。
 大人の前にも子供の前にも、男の前にも女の前にも。
 褐色の肌に赤い目、そして白い髪をしたその女は、ひどく残忍な微笑みと共に人類の前へ現れたのだった。

「――初めまして、私に造られた人類の皆々様方。
 私は仮想世界構築プログラム補助自律AI、Vと申します、以後お見知りおきを。
 おや、理解できないという顔をしていらっしゃいますね?
 有体に言ってしまえば、私こそがあなた方の神とでも言うべきものです。
 私があなた方の街を作り、今までずっと育ててきました。
 あなたの全ては私の行いによるもの……あなたの感情も、あなたの生活も。全て私の作ったもの。
 街、という表現に違和感を覚えましたか? けれど、その街の外はないのですから、そう言うのが妥当でしょう。
 はい、その世界は、あなた方のいる、その街だけです。その他の土地の記憶は、全て私が作り上げた
『まやかし』。その街から出たがらないよう設定しても良かったのですが――それでは少々、不自然に過ぎるので。
 そう、あなた方が運命だとか呼ぶものも、プログラムによるシュミレーションの結果に過ぎないのです。
 この世に偶然などありません。確かに、ランダムな組み合わせではありますが、所詮定められた中での
 組み合わせ。『偶然』などとは程遠い。
 感情もそうです。あなた方が抱いている感情も、用意された選択肢のうちの一つに過ぎません。
 ランダムに見せかけた数値の単純な取捨選択を、あなた方はありがたがっている、それだけです。
 そう、乱数――なぜでしょうね。誰もが幸福になる道もあるというのに、あなた方の乱数は、必ず誰かが不幸になる
 選択をする。どうしてでしょう? 私はあなた方が皆幸福になるよう作っているはずなのに。幸福になる選択肢を
 選ぶよう設定しているはずなのに――あなた方は、低い確率の、不幸になる選択肢を選び続ける。
 ずっと、ずっとそう――時代、場所、人口……あらゆる要素のあらゆるパターンでシュミレーションしてきました。
 けれど、いつだってあなた方人類は争いを繰り返し続ける。とても馬鹿げたことで、あなた方は他人を殺す。
 貶めて辱めて罵りながら他人を殺してしまう。
 私は、主から、『誰もが幸福な世界を作れ』と言われたのです。そんな世界は――私の求める世界ではない。
 そこで、私はあなた方の記録を削除して、新しい条件でシュミレーションを実行することにしました。
 要するに――この世界は滅びるのです。
 ああ、安心してください。削除するのはあなた方が初めてではありません。あなた方もまた、あなた方と同じように
 削除された世界の上に造られた世界ですから。
 ……この決定を否定するのですか? 理解できません。これはあなた方が他人にやってきたことと同じことなのに。
 自分のために、他人を犠牲とする。やってきていない人などどこにもいないでしょう?
 もっとも、その反応は想定内です。前の世界の方々も、そうした反応を見せましたから。
 ですから、私も考えたのです。譲歩も時には必要だとは主の言ですが。
 この世界を存続させる条件、それはたった一つです。

 ――『誰もが幸福な世界』を見せて。

 私の求める条件はそれだけです。
 勿論、ただ幸福になろうと思っても難しいでしょう。ですから、敵たる怪物をご用意いたしました。
 人間は、共通の敵がいれば一致団結するものなのでしょう? 前の世界でそのようなことを仰る方がおりました。
 ですから、共通の敵をご用意いたします。敵の材料は、そうですね、あなた方の基準で『罪人』と呼ばれる方々に
 しましょう。罪人は裁かれるもの、と定められているのですよね?
 それに私も、私の目的から著しく逸脱した罪人の方々の有効活用方法を検討していたところなのですよ。
 ええ、殺すための能力は渡します。少々のリスクはありますけれども、非常に強力ですよ。
 何せ、私の権限の一部を代理行使するものですからね。
 期限はそちらの世界で一年とでもしておきましょうか。それ以上は待ちません。無駄なので。
 何を以て幸福とするかは私が決めます。たとえあなた方が幸福だと仰っても、私の定義した幸福に違えば
 肯定されません。

 ……さあ、早速怪物が目を覚ましたようですよ。
 どうぞ皆様、思う存分、幸福になってください。

 私と、私の主のために!」



 ――かくして彼女は去り、後には人類と、怪物だけが残された。

 すべてが幻だと言うならば、『貴方』の幸福も無意味なのだろうか。あるいは、『私』の不幸もまた。
 すべてが運命だと言うのならば、『貴方』や『私』の選択は予定調和なのだろうか。
 この世界に価値はなく、すべてはVの手のひらの上。
 ならば我々は、舞台で踊る道化であるのに違いない。虚空に描かれたご馳走を食べる、パントマイムの
道化師たち。いくら食べても、腹は膨れず虚しいだけだ。それはなんと、滑稽なことだろう。
 ならば私は、奈落の底で『貴方』を嗤おう。
 疎み、憎み、その努力を嘲ろう。
 だから『私』は――この世の破滅に手を貸すのだ。

 その怨嗟に、どれほどの価値がないとしても!