黒のキングは白のクイーンの皿の上

副読本をエアコミケで出せる気がしないので(表紙的な意味で厳しそう)、出来上がり次第、副読本が出るまでブログでしばらくSSを掲載していこうかと思います。副読本購入の参考にもどうぞ。
一作目は「黒のキングは白のクイーンの皿の上」、ポールとジャネットの話です。
 
ネタバレなのでロボットと過ごした五人の話本編読了後に読むことをお勧め致します。
※本編読了されている方でもジャネットに何らかの明確な像がある方はショックを受ける可能性があります。ご注意ください。
※無断転載は禁止しております。また、副読本販売後は削除いたしますので予めご了承ください。
※副読本収録時に加筆修正される可能性があります。
 

 
続きからどうぞ。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
    黒のキングは白のクイーンの皿の上
 
 
 死のう、と思った。
 それだけだった。

 ◆

 わたしは、ジャネットという名前を与えられて生まれた女だった。そして、あの人の妹として生まれついた。あの人とわたしは、正真正銘、同じ男と女、つまり両親から生まれて、同じ家で育てられた二人であった。加えて言えば、髪の色も、目の色も、殆ど同じだった。髪は優性遺伝としても、目の色くらいは違う可能性もあったはずなのに、わたしと兄の眼はよく似ていた。人間の遺伝子操作が禁じられているこの国で、似た姿を持つわたしたちは、間違いなく、血を分けた兄妹だった。けれど、わたしには、わたし程度の脳味噌では、あの人の――ポールという男のことを、理解することは終ぞ出来なかった。
 きっと、頭の出来が違い過ぎたのだと思う。
 いや。
 それは言い訳だ。
 わたしは彼を理解してはいけなかった。
 そう思っていた。そう確信していた。
 彼を理解したくなかった。
 理解してしまったら――わたしは、本当に、芯から、あの人の『人形』になってしまっただろうから。
 あの人の命令に沿って動くだけの、人形に。
 人の形をしたロボット同然の、『なにか』に……多分、成り下がっていたから。
 わたしはロボットが嫌いだった。人型をしたものは、特に。人がいなければ何もできず、人に似せられながら決して人を超えられない、ただ、目的のためだけに生み出された人型のそれらが嫌いだった。彼らが生みだされる時、必ず『目的』がついて回るのが、たまらなく嫌だった。そしてそれを、他ならぬ人間が、時折『人』と称するのが嫌いだった。人とは、目的などなく生まれるからこそ尊いのだと思っていたからだ。生きる意味など、生きる甲斐などないからこそ、人は人であるのだとわたしは思っていた。すべての人はわたしにとって等しく無価値で、それ故に貴かった。だから、わたしはロボットが嫌いだった。
 兄は逆に、ロボットを好んでいるようであった。と言うよりも、人工知能か。人工知能がどこまで学習して『成長していけるのか』について、興味があるようであった。『成長』などと――人間のような形容をするものだ、とわたしは思ったものだった。
 いつだったか、兄は言った。「ロボットと人間に境目なんてないよ。たとえ、そのロボットが、高度な人工知能を持っていなくてもね」。それはやはり、わたしには理解のできない言葉であった。
 人間とロボットに、境目はあるはずだとわたしは思っていた。
 だからこそ――わたしは、『そう』なりたくなかったのだから。
 兄がわたしを抱いたのは、わたしが十二の時、つまり彼が十六の時だった。わたしは歳相応に幼かったけれど、『それ』が、どう言った行為であるかは理解できているつもりだった。わたしの頭は、兄ほどでこそなかったものの、他の子供たちよりは、きっとよく『できて』いたから――その時には、ある程度成熟していたのだ。だから当然、抵抗を……しようと、思った。するはずだった。するべきだった。しなくてはならなかった。
 けれど、できなかった。
 何故か。
 一番大きな理由は、拒絶した自分の言葉が、兄の言葉で完膚なきまでに丸め込まれたからだったと思う。その時どう言われたのか、実のところは、よく覚えていない。ただ、「ああ、この人には勝てないのだ」という完全な敗北感と諦観が、その日わたしの胸に植えられた。そこで『それでも』抵抗するには――わたしは、『頭が良すぎた』。成熟し過ぎていた。もしかすると、当時の兄よりも、余程。
 簡単に言えば、わたしは、無駄を悟ってしまったのだった。
 勿論、わたしと同じ状況でも抵抗する子供は、幾らでもいるだろう。けれど、わたしは、そうではなかった。わたしは、『無駄なこと』が、どうしてもできない類の人間だった。例えば、チェスをしていて、どう足掻いても自分が何手か先でチェックメイトされることに気付いた時。自分が絶対に、ステイルメイトにさえできず、この先で負けるのだと『気付いてしまった』時。他の人はどうするだろう。真剣に戦うだろうか。死が待っていても、必死に駒を動かすのだろうか。それはわからないけれど、わたしに限って言うのであれば、わたしは、その時点で『勝負を捨てる』という判断をする類の人間だった。何なら、その場で、自分から「わたしの負けです」と宣言することさえ厭わない。だって負けるとわかっている勝負にどれだけ力を入れても無駄ではないか。その勝負は捨ててさっさと次の勝負を始めた方が、時間の無駄にならない。だから、負けを悟った瞬間、わたしは、真剣になれなくなる。次の勝負のことを考え始めてしまう。白旗を上げてしまう。『諦めが良すぎる』。
 多分――そこがわたしと兄との決定的な違いだった。
 兄は、絶対に負けるとわかっているのに、何故か必死に足掻こうとする類の人間だった。わたしより頭のいい兄のことであるから、負けることはわたしよりもずっと先に悟っているはずなのだ。それなのに兄は決して諦めない。負けるにしても、『負け方』を考えようとするのである。せめて相手の駒を出来る限り持って行こうだとか、どう動けば相手の勝ちに傷をつけられるかだとか……そう言ったことを最後まで考えるのだった。結局どうしたって負けは負けなのだから、そんなことをしても無駄だろうと思うのだが、兄は、「だって、ただ負けるだけじゃ悔しいだろ」と笑うのだ。これも終生、わたしには理解できなかった。
 いずれにせよ、そう言う理由で、十二歳のわたしは抵抗をやめた。それは別に兄との行為を受け容れたということではなかったのだが、兄は上機嫌で、可愛いね、愛してるよ、と優しく囁いて、わたしを抱いた。犯した――と言うべきなのだろうか。第三者の視点で言うのであれば、そう称されることなのだろう。あれは強姦と呼ぶべき行為で、正常な判断ができないわたしの幼さにつけ込んで、いいようにしたのだと――言われるべきことなのだろうと思う。唾棄すべき性犯罪だと。それが世間の倫理で、論理なのだろう。けれど……わたしにはわからない。わたしが繰り返していた、兄との行為が真実どう称されるものなのか、わたしには、判断がつかないのだ。
 何故なら、兄が正しいのかもしれないと――一瞬ならず思ってしまったからこそ、わたしは敗北を認めて、諦めたのだから。
 兄の言は、理路整然として、一点の瑕疵もなく、それこそが正論であるのだと、守るべき正道であるのだと……他ならぬわたしに思わせる力があった。たとえ誰が納得できない論理だとしても、『わたしが納得できてしまっていた』のだ。
 それは、わたしが成長して、学校で世間一般の道徳や倫理を学んでも同じだった。兄妹であることの何がそれほどの問題だというのか? 兄はわたしを愛していると言う。わたしは兄を男としては愛していないが、家族としては愛していたし、兄の言葉が正しいとも思っている。それ以上に考えることはあるのか。そうも思ったことがある。愛が尊く正しいものだと言うのなら――わたしを愛する兄は、間違いなく正しかったのであった。わたしは行為を好んでいなかったが、その正しさの前では無力だった。
 それに、学校で受けた性教育の授業では、望まぬ妊娠をしてしまった女子生徒の話なども聞くことがあったが、兄は必ず避妊をしていたし、わたしが少しでも嫌がると、「何故嫌なのか」をきちんと聞いて、問題解決のために尽力してくれる人間であった。そう考えると、どうも、兄は、話に聞く世の男性の一部よりもずっと正しく、わたしを尊重しているように思えたのだった。本気で嫌だと言えば素直に諦めることも多かったし――無論、お得意の理屈で諭して行為に及ぶこともあったが、それは諭された時点でわたしも納得してしまっているのだから仕方がないと思う。わたしは自分が納得して許してしまったことについて、後から文句を言うのが嫌いだ――、言うことを聞かないからと暴力で従わせようなどといったことも一切なかった。そもそも、暴力はあまり好きではない人だった。まあ、だからと言って、温厚篤実というわけでもなかったが。
 場合によってはわたしの体に触れるだけでも比較的満足してしまうようで、裸のわたしを抱き締めて頭を撫でながら、そのまま眠る兄を見て、まるで母親に縋る赤ん坊のようだなと思って微笑ましさを感じたことも、ないわけではない。
 そんなわたしに、兄の『正しさ』を、打ち砕くことはできなかった。
 わたしはいつでも負けを認めた。兄の前では、単なるひとりの、無惨な女であった。
 それなのに――わたしは、兄が『間違っている』ことも、何となくわかっていた。
 わたし自身でさえ『間違っている』のだと……わたしには、わかっていたのだ。
 そうして確かに『間違っている』はずなのに、どこまでも『正しい』から――どうしても勝つことができなかったから。
 わたしは、十五の時、初めて手首を切った。
 三年間の敗北が、わたしの内側をじわじわと腐らせ、蝕み始めていた。
 両親には言えなかった。否、言っても無駄だと思った。そもそも彼らが子供に興味を然程持っていなかったというのもあるが、両親は、正直に言って、凡愚だった。兄の弁舌に何の疑問も持たず、ただ彼を讃えた。第何回目だったかのジュニアハイ・ロボットボクシングで兄が優勝してからは特に顕著だった。ロボットそのものの性能ではなく、人工知能の性能で以て対戦相手を叩きのめし優勝せしめた兄のことは、簡単なニュースではあるが、テレビでも報道された。尤も、ロボット嫌いのわたしは、「どうやら何か凄いことをしたようだ」とは思ったものの、世間程には感動できなかったのだが。まず、わたしは当時十歳で、何がどのように凄いのかもよくわかっていなかったし。その二年後に、両親が兄のことを放任した結果、自分が抱かれることになるとも思っていなかった。
 切った手首を見て、騒いだのは兄だけだった。
「どうしてこんなことを?」「何か嫌なことや苦しいことがあったのか?」「俺に出来ることならなんでもするから、正直に言ってくれ」……そんなことを言われたって、どうしようもないことは、誰よりもわたしが一番わかっていた。わたしはまだ、兄に勝てないのだから。結局わたしが選んだ手は、沈黙だった。
 何も言わないわたしのことを慰めるつもりだったのか、兄の行為の回数は増え、それと比例するように、より優しくなった。
 わたしの傷も、増える一方だった。
 十六の頃には、長袖しか着られなくなっていた。
 とっくの昔に、わたしは袋小路に立っていた。どうしたらいいのかなど、少しもわからなかった。誰かに相談するのは嫌だった。兄のことを知らない人に、兄のことを否定されるのは、どうしても我慢がならなかった。
 兄を否定するとしたら、わたしでなくてはならないと思った。
 兄を負かすのであれば、わたしでなくてはならないと思った。
 でも、わたしには、兄を否定することが出来ない。
 負かすことが出来ない。
 そのすべがない。
 わたしには――確かにあるはずの、兄の『間違い』が、どうしてもわからないのだ。
 二十歳になった兄は未だ、わたしの前で、ただ、正しいままだった。
 どうしようもなかった。傷は首にまで増えた。スカーフが手放せなくなった。
 十七で、首の傷が原因で意識を失ったわたしは、ついに精神病院へ入院した。見かねた兄が、両親へ頼んだようだった。兄に頼まれなければ両親はわたしをどうするつもりだったのだろう、とは少しだけ思った。別に両親のことを恨んだりはしていない。確かに多少放任が行き過ぎてネグレクト気味にはなっていたが、ただ単に、あの人たちは、わたしと兄のことを――わたしが兄を理解できなかったように――理解できなかったのだろうと思う。両親にとって別の世界の生き物だったのだ、わたしたちは。血の繋がった親子であっても、理解が及ばなければ愛することなど出来るはずがないのだから、わたしはそれを責めたりしない。第一、わたしだって、彼らを理解することはできなかったのだから。
 入院生活は苦痛だった。誰にも言えるはずがない。わたしと兄の関係を、誰が理解出来るというのか。否、医師にも、同じ入院患者にも、誰にも――理解などして欲しくなかった。理解出来ると、言って欲しくなかったのだった。
 ただ――兄のいない生活自体は、そう悪くはなかった。どこか心が軽くなったのを覚えている。今にして思えば、いくら懐かれていると言っても、意思疎通もできず理解もできない猛獣と一緒に眠るのは、それなりに神経をすり減らすことだったのだろう。わたしは別段、性行為を受け容れているわけでもなかったので――わたしはいつだって、兄に勝てないために白旗を上げ続けていただけだった――、負担は負担だったのだ。そして、理解者のいない孤独と、獣の檻から解放された安堵は、わたしの精神を一層千々に乱した。
 意外なことに、兄は面会を求めなかった。理由を訊いたことはなかったが、単純に仕事で忙しかったのかもしれない。何しろ彼は、わたしが入院する頃には既に、B&W社に入社していたから。バスタブの湯に揺れる血を見ながら、あの大企業に就職するなんて凄いなあ、とわたしはぼんやり思っていた。わたしには、やりたいこともなかったから。
 入院は長引いた。しばしば、わたしが衝動的に自傷を行おうとするからだった。傷口に爪を立てたり、指を歯で噛んで穴を開けたりなど、良くなってきたと判断されるとすぐそんなことをしてしまうので、結局、出られた頃には、既に二十一になっていた。治ったわけでもなく、ただ『治ったよう振る舞う』のが上手くなったために、退院を許されただけだった。わたしは少しも、治っていなかった。専門家でもわたし程度の演技で騙されてしまうのだ、とわたしはどうでもいいことを考えていた。『そのように』振る舞えば、人はこれほど簡単に騙されてしまうのか。そう思った。
 どうしたらいいのだろう――何度考えても、答えは出なかった。
 空が、眩むほどに青かった。
 迎えは、珍しく両親だった。両親は何かを言っていたが、わたしには理解できなかった。どうも、わたしは学校でいじめられていたということになっているらしい。確かにわたしは学校でも浮いていて、兄が比較的有名であったために、よく誰かから何かされていて友人もいなかったが、そんなことはどうでもよかった――というか、意識もしていなかった。兄との関係だけが、わたしのすべてであったから。わたしは、クラスメイトのひとりだって顔も名前も覚えていない。実害があったわけでもないのにその程度で何か感じるほど、わたしは繊細ではなかった。
「ポールは」わたしは、ただそれだけを訊いた。「ポールは、どうしていますか?」
 両親は、大丈夫だと言って、すぐに会えるから、と微笑んだ。そんなことが聞きたかったわけではないのだが、わたしは「そうですか」とだけ返事をした。
 わたしを乗せた車は、家に向かわなかった。
 代わりに辿り着いたのは、立派なマンションだった。兄が住むマンションなのだとはすぐにわかった。彼が実家にいたのは学生だったわたしと一緒にいるためだったから、わたしが入院した以上、いる意味がなくなってマンションを借りたのだろう。だが、だからと言って何故ここへ連れて来るのか。その時は本当にわからなくて、内心で首を傾げていたものだ。もしかすると、わたしはわかりたくなかったのかもしれない。だって、その理由は、ひどく簡単なものであったから。
 マンションの前で、兄が待っていた。今にも泣き出しそうな表情は、車から降りたわたしを見るなり、輝かんばかりの笑顔に変わった。兄は従順な犬のようにわたしの元へ近寄って来ると、わたしを抱き締めた。もう苦しまなくていい、これから二人で暮らそう。学校なんて行かなくてもいい、仕事も家事もしなくていい、行きたいところへ行って生きたいように生きればいいから。そんなことを言った。両親は、マンションの地下へ車を停めに行くようだった。成程、と思った。一緒に暮らすのか。心の中は凪いでいた。決まってしまったことをどうにかできるほど、最早わたしに力はなかった。諾々と、わたしは兄と二人暮らしをすることとなった。
 兄らしく清潔に――そう言えば、わたしを抱くあの人を、わたしは『汚い』と思ったことはなかった――保たれたその家は、やはり猛獣の檻に間違いはなく、けれど兄は、入院する四年前のようにわたしを求めては来なかった。歳月が彼を去勢したのか、それとも、病んで窶れ果てたわたしに、以前ほどの欲を抱かなくなったのか。わたしは夕食の用意をする兄を見ながら、そんなことを考えていた。兄は終始柔らかく笑み、わたしの頭を撫で、わたしに食事をさせると、風呂に入らせてから、静かな部屋で眠らせた。白とネイビーで纏められた色彩のベッドルームは、嫌になるほどわたし好みだった。
 それから――確か、兄と暮らし始めて、二週間と少しだったと思う。
 兄が、「週末、一緒に遊びに行かないか?」と訊いたのだった。やることもなくぼんやりと窓の外を眺めるばかりだったわたしは、特に断る理由もなくそれを承諾した。兄の用意した娯楽は幾らでもあったが、楽しむための精神が健康でないと意味はないのだな、とわたしはこの十数日間で初めて理解していた。
 そして、兄と共に出かけるのもまた、初めてのことだった。
 朝から映画を見て、カフェに寄ってから水族館へ行き、ディナーをして帰る。それだけの日だった。穏やかな日。
 それが――わたしの火種になった。
 風呂に入り、自分の部屋に戻って、ひとりになってから――わたしは泣いた。声もなく、ベッドに腰掛けたまま、昔よりも随分痩せた体を折り畳むようにして俯き、ひとりきりで。この時何故泣いたのか、わたしにもよくわからない。
 ただ、頭の中にあったのは、いつもと同じ考えだった。
 あの人を否定したい。勝ちたい。あの人を『そう』するのは、わたしでなければならないという思い。
 だから、泣くわたしの頭の中で、いつもと違ったのは、その『温度』だけだった。
 それは炎のようだった。わたしの一切合切を焼き払って、焦げ付かせて、ただ一つのことだけを決意させた。
 即ち、あの男を、わたしの前に跪かせてみせるということを。
 手段など最早どうでもよかった。『その一手』だけが欲しかった。あの男を、頭の先から足の先まで否定して、膝をつかせてみせる。わたしの九年間など塵芥に過ぎないと感じられるような時間を与えてみせる。あの男が死ぬまで、否、死んでも、そう永遠に!

 わたしに恋をしてしまっていた、あの男を、永久の業火で焼いてみせると決意したのだ。

 そのために、死のう、と思った。
 それだけだった。
 次の日、わたしは、兄と朝食をとりながら、昔のように微笑んでみせた。あの男が、自分の笑顔を愛しているのは知っていたからだ。感謝を表すように、愛情を見せつけるように。兄は、それで、安心したようだった。何のことはない。過ぎた歳月だとか、窶れた姿だとか、そんなことは関係がなかった。
 兄は、わたしの機嫌を損ねたくなかっただけだ。
 否、わたしに無理をさせたくなかったのだろう、とはわかっていた。おそらくすべて、兄の優しさではあったのだ。あの人はずっと、わたしを愛していただけだったのだから。
 それが、多分、兄の『間違い』だった。
 そして、わたしの。
 だからわたしは、この男に負けるべきではなかった。
 十二歳のあの日、諦めて敗北するべきではなかった。
 サイドチェストのランプで兄の頭を割ってでも、勝利すべきだったのだ。
 そうしなかったから――わたしは今、一番卑怯な手で、この男を負かそうとしている。
 兄は、壊れものに触れるような所作でわたしに近付いて、そのまま抱いた。行為の後で、兄は眠った。久しぶりにわたしを抱いて、緊張が緩んだのだろう。相変わらず子供のような顔で眠る男だった。母親の胸に抱かれるように、安らかな寝顔。わたしは、夏の日差しよりも肌を焼く、男の腕から静かに脱け出した。
 よく晴れた、休日だった。
 窓から見える青い空を、ぼうっと見ていた。これから、兄は、『負け方』を考えるだろう。わたしが死んだ世界で、どうするのか。もしかしたら死ぬのかもしれない。否、きっと死ぬだろう。あの男は、わたしのいない世界で、生きていけない。その予感がある。
 餌がなくなってしまえば、どんなものもやがて死ぬのだから。
 わたしは多分、あの男にとって、唯一の理解者だった。
 理解者――わたしはあの男を、真実理解することなど出来なかったというのに。それでもあの男は、わたしを『理解者』だと思っていたのに違いなかった。あの男の恋は、そういうことで、あの男の愛もまた、わたしを『理解』していると思っている驕りによるものなのにおそらく間違いはなかった。わたしは、あの男を、唯一赦してやれる、『受け容れてやれる』人間だったのだと思う。両親はあの男を理解しなかった。無知による無理解によって、暗黙のうちに拒絶した。受け容れてやらなかった。猛る獅子を見ながら、大きな猫だねと言って褒めるようなことをした。それはあの男にとって、失望するに値することだったのだろう。わたしは所詮獅子の餌でしかなかったが、自分を食らう者が獅子であること自体は把握していた。捕食される動物は、他のどんな生き物よりも、己を食らう動物のことを本能によって把握しているものだろう。
 あれは元より、人として生まれなかった男であったのだ。
 あれが、ただ肉欲のためにわたしを抱いたのであれば良かった。
 あれが、あまりに哀れなその恋心のためにわたしを欲したのでなければ良かった。
 そうしたら、わたしはあれを憎めただろう。家族とも呼べぬと言えただろう。
 早々に荷物を纏めて家を出て、あの男のことなど忘れて暮らしたかもしれない。わたしは別に、頭が悪いわけではなかったから。自分を犯した男のことなど悪い夢としてアルバムの栞に出来るほどの強靭さも、多分、わたしは持っていた。
 それなのに……わたしはそうしなかった。
 あの男の行動を、理解することができなかったが故に。
 あの男が、真正面から、わたしを抱いたが故に。
 これは、最早イカサマのようなものだった。
 わたしは、兄のネクタイを持って、バスルームへ向かった。
 やりたいことなどない人生だった。やれることもない人生だった。
 人は、目的なしに生まれてくる。他人がどう求めようと、誰も、『そのために』生まれるわけではないのだから。我々は皆、『何か』のために機能を備えているわけではない。我々の機能は、目的を達成するために作られているわけではないのだ。それ故に、目的を作るのは、自分自身にしか出来ないことである。だがわたしは、これまでの時間で、一度も己の目的など見出したことがなかった。それを兄のせいにしようとは思わない。兄の他に世界を見ようとしなかったのは、わたしだった。そんなわたしが、最後の最後で見つけた目的が『これ』というのは、滑稽だろうか。
 あの男を理解することは――多分、可能だったはずだ。
 わたしもまた、あの男と同じ血の流れる女だったから。
 だが、それを、わたしは是とはしなかった。
 あの男を理解することは、わたしにとってあの男に隷従することと同義だったから。もしあの男を理解してしまったら、わたしは、きっと、あの男に勝つことそのものを……諦めてしまっただろう。あの男の愛のままに、わたしは、あの男を愛しただろう。
 そう――わたしは、多分、そうすることで、あの男を愛することができたのだろう。
 家族としてではなく。あの男と同じ意味で。
 けれど、わたしは。
 わたしは。
 わたしは――
 バスルームの鏡を見た。あの男によく似た、痩せた女が映っていた。あの男は、この死によって、わたしが一体『何』のために死ぬのかを理解するだろう。あれは、大層頭のよい男であったから。
 ポール。
 わたしは今からあなたに勝つわ。
「……さよなら」
 あなたを理解しなかったことこそが、わたしの。
 あなたと対等でいたかったわたしの――精一杯でした。

(了)