バレンタイン大遅刻のやつ 1

 
バレンタインに出そ~!と思って全てを諦めた挙句アリソンの分しか書けていないバレンタインの話。Fantiaに上げるか考えたけど今日はブログの気分だったのでブログです。
他の娘はまた体力がある時に書きます。いつになるんだよ。とりあえずアリソン→メアリー→エリザベス→先生の順とかで書こうと思ってたし、そもそもこんなに長くする予定がなかった。すぐ文字が増えるんだよな……。
続きからどうぞ。
※以前の記事の現パロ設定のアレです。
※話は大体本編の流れですが、アリソンルートに入っていない前提なので関係性が友達未満(友達)です。
※たまにアリソンの自宅で酒は飲む仲です。
 
 

 
 
   バレンタイン・デー Aの場合
 
 
 
『バレンタインの花を渡したいが、あんたの家の住所がわからないから、取りに来るか住所を教えてくれ』
 青年からそういうメッセージが来たのは、バレンタインの前日、二月十三日のことだった。丁度車を駐車場に停めて、外へ出ようとしていた女は、はあ、と首を捻った。そんなことを言うけれど、ジャックも家は知っているはずだ――案内をしたことがある。というか一緒に酒を飲んだこともあったように思うが。まあ宛先のようなものは教えていなかったから、そういうところで困っているのだろう、と女は思い、『じゃあ行く』と返事をした。返ってきたのは、『わかった』という短い言葉であった。それを見て、ふむ、と女は、停めた車のエンジンを再度入れた。現在時刻、二十時。青年にあてたプレゼントを買いたいが、何か買えるだろうか。開いている花屋のひとつでもあればいいが、いや、別になんでもいいか。最悪何もなければ、家の中にある皿の一枚でも渡してやろう。そんなことを考えながら、女は車を出した。

 ◆

 さて次の日、包みの入った鞄を携えて、愛車で青年のフラットまで向かった女は、とりあえず立ち話もなんだから、と応接室――というかリビング――に通された。用意されたのは紅茶、というかハーブティーであるらしかった。この男の手配ではないだろう、あまりに洒落ているから。おそらくエリザベスの方に「そうしろ」と言われたのに違いなかった。
「エリザベスは?」
「いつもみたいに空いた部屋で本を読んでるよ」
 リビングのソファに座ってハーブティーを飲みながら、ふうん、と適当な返事をする。
「それで、これ」
 やるよ、と手渡されたのは、小さなプリザーブドフラワーだった。黄色い薔薇が、ガラス細工のケースに収められている。説明を聞けば、ハーバリウムと迷ったが、こちらの方があんたらしいように思ったからだそうだ。ついでに綺麗だったからとも青年は言った。生花を渡さないところは好感が持てた――世話が面倒だから。
「あと、あんたの家、あんまり殺風景だからさ」
 もっと私物置いていいと思うけどね、と言う青年に、女は内心で、だって『ヴィクターの部屋』なんてものが想像できないんだから仕様がないよ、と呟いた。口には出さなかった。誰がこのバレンタインの夜をそんな話題で浪費したいだろうか。ただ、女は、青年が黄色い薔薇を選んだ理由は気になっていた。薔薇――それも黄色の。
「君、黄色の薔薇の花言葉を知っているのかい」
「は? ……友情だろ?」
 メアリーが昔教えてくれたから知ってるよ、と言って、「なんでまたそんな質問を?」と怪訝そうな顔をした青年に、女は一つ頷いた。これは確かに、鈍感を装うのが得意な青年だが、それは他人からの感情に対してであって、こういうところで嘘をついたり鈍いふりをしたりすることはないと女は知っていた。ということはつまり、黄色の薔薇の、他の花言葉を知らないまま、本当に似合うし綺麗だと思ったから購入したのだ。この青年の、こういった間抜けなところが、女はそれなりに好きであった。
「なんでもない」
「なんだよ、気になるな」
「気にするな」
 すまして言えば、青年が、子供のように唇を尖らせた。
「……友達って」
「うん?」
「正直、友達って関係なわけじゃないのはわかってるけどさ……他にどんなの贈ればいいかわからなかったから」
 それで選んだんだよ、と、青年は不機嫌そうに尖らせていた唇をそのまま曲げた。拗ねた子供がする仕草に、アハハ、と、自分の口から、これまた子供じみた――そして滅多に自分が上げることはない――笑い声がこぼれた。まったく一体今いくつだったっけね、私たちは。でも然程悪くはない。青年に触れることができるのなら、テーブルを挟んで向かいに座る、その茶色の髪の毛を、くしゃくしゃにして撫でまわしてやりたいところだった。
「悪かったよ、悪かった。ちゃんと部屋に置いておくからさ」
 謝罪を口にして薔薇を包みに戻せば、青年はしばらく「なんなんだよもう」と不機嫌そうに呟いたものの、結局それ以上は何も言わず、「まあそうしてくれ」とだけ言った。
「別に、要らないなら誰かに譲ってくれてもいいよ」
「そう拗ねるな、ジャック」
「拗ねてない」
「そう子供みたいなことを言うなよ――大体君ね、相変わらず私のことを何だと思っているのか知らないけれど、そこまでひどいやつじゃあないんだよ」
「しょ、初対面で人に脅迫まがいの手紙とメールを送っておいて……」
「出会いは出会い、今は今だろう。大体『そこまで』ひどいやつじゃないと言っているだけで、私は自分を『ひどいやつじゃない』とは言っていない」
「あんたのそういうところ、本当に矯正されて欲しい」
「まあまあ。……それで、これが私からのプレゼントだ」
 ソファに放り出していた鞄の中へ青年の薔薇を放り込んで、代わりに別の包みを差し出せば、当の青年がひどく驚いた顔で目を瞬かせた。
「え! わざわざ用意してくれたのか?」
「当然だ。貰いっ放しは流石にね」
「悪いな、なんか催促したみたいだ」
「気にするな、君がコミュニケーションを上手く取れない人間なのはよく知ってる」
「あんたにだけは、あんたにだけは絶対に言われたくないんだけどな……!?」
 苦虫を噛み潰したような顔の青年に「ほら」と包みを押し付けて、テーブルの上に置かれたティーポットから茶のおかわりをする。自分のために出されたものである以上、青年への遠慮などはない。
「……ドライフラワー?」
「死んだ花ならお好きかと思ってね」
「嫌な言い方をするな」
 大体ドライフラワーは死んでるわけじゃないだろ、などと言いながら、青年は色々な角度から花を眺めている。
「何の花だ、これ?」
「アンモビウムとか言っていたと思うけど。詳しくは知らないな」
「ふうん」
 元々花の名前には興味がなかったのか、青年はそれ以上質問をしてこなかった。ただ、花を包みに戻して、「ありがとう」と、素直に青年が笑ったので、「どういたしまして」と口角を吊り上げる。こういう時に青年のような笑顔を作れないのが、あの少女たちと決定的に違うところなのだ、と女は思った。感情の真っ直ぐなやり取りができない。
「飾っておくよ。どれくらい持つのか知らないけど」
「ああ、虫でも湧いたら捨てていいよ」
「できるだけそうならないよう善処するさ」
 それからしばらく、他愛のない会話をして、それから、女は青年と別れた。じゃあな、と手を振る青年に自分も同じように手を振り返してフラットを出、駐車場へ停めていた自分の車に乗る。
 ――しかし、黄色の薔薇か。
「……嫉妬という花言葉があるのを、知らないんだろうね……」
 まあ確かに、私は嫉妬深いけれど。あの少女たちに嫉妬するほど愚かじゃないよ。ふふ、と女は笑って、それから、他の少女たちは何をもらったのかな、と、思いを馳せた。
 
 
 
(了)