手のひらにチョコレートひとつ 1

ハロウィン現パロ謎SS、エリザベスはいません(存在がない設定)。
ジャック誕(09/20)とアリソン誕(10/16)とメアリー誕(12/03)とハロウィンを全部足して割った話です。続きます(書き終わらなかった)。
設定はほぼこれ準拠。

=========簡単な設定説明=========
ジャック:母親が殺されている。父親とは相変わらず仲がよくない。学校は不登校(卒業はした)。一人暮らし。アリソンと母親の事件をもう一度追い始めた。
メアリー:子供の頃からジャック実家で居候をしている。学生。両親は色々あって縁が切れている。ジャックを手伝っている。
アリソン:一応警官。母親は殺されている。父親とは仲がよくない。ヘビースモーカー。一人暮らし。趣味でジャックの母親の事件を調べている。

全員顔見知り(アリソンが母親の事件でジャックをいびっているところにメアリーが出くわしたことが発端)(流れ的には本編冒頭/Fantiaで無料先行公開中/とほぼ同じだがエリザベスがいないのでそのあたりが若干違う)。(主にアリソンが絡んでくるので)なんだかんだ惰性で付き合っている。
アリソンは常に態度が悪く傍若無人でメアリーを突沸させておりジャックは胃と頭がいつも痛い。ジャックも我慢しているだけでたまに「こいつ頭カチ割ってやろうか」と思う時がある。

ジャック→メアリー:未成年なので保護対象。まあ学校卒業したら俺のことなんて忘れるだろと思っている。というか忘れて欲しい。
メアリー→ジャック:好き。ジャックが最悪の時期を見ているので出来る限り現状を維持したい。
ジャック→アリソン:一緒にいると非常に疲れるが何故だか放置できない。愛ではない。
アリソン→ジャック:感情がマーブル模様。とにかくめちゃくちゃにしてやりたい。
メアリー→アリソン:既に殴った。自分のことはともかく、ジャックをあまり刺激しないで欲しい。本気で。なんだか可哀想な人だとは思っている。外見は好き。ちょっと羨ましくもある。
アリソン→メアリー:自分が捨てたくなかったものを全部持っているので色々と気に入らないし出自も気に入らない。自分を殴ったことは評価している。外見が羨ましい。
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   手のひらにチョコレートひとつ   1
 
 
 
 十月十六日のことである。
「煙草臭い!」
 アリソンが住むフラットに入るなりそう叫んだのは、メアリーだった。ジャックはと言えば、正直に言えば少女とまったく同じ感想であったが、口にはしなかった。メアリーならば許される発言であっても、自分では許されない――正確には、確実に厄介な絡まれ方をする――発言であると重々承知していたからである。だからジャックは、メアリーの一歩後ろで、そっとばれないように唇の隙間からため息を零しただけだった。尤も、その瞬間女の緑の目が抗議するように細められたので、隠しきれなかったようだが。でも煙草臭いのは事実じゃないか。ジャックは唇を尖らせ、廊下の壁に凭れて煙草を吸うアリソンを、彼女と同じく半眼で見た。メアリーはと言えば、そんなジャックには気付かず――背後にいるので当然だが――玄関に設置されたハットスタンドへと雑にかけられたモッズコートを指さして少女らしく高い声で再び叫んだ。
「絶対にずっと換気してないでしょ!? 服に匂いが移っちゃうわよ!」
「どうでもいいだろう、そんなこと」
「どうでもよくないわよ! あと、家の中で歩き煙草も最悪! 今すぐ! やめて!」
「……つくづく、心底、かしましい女だな……」
 来てもいいとは言ったがね。そんなことをぼやきながら、アリソンは紫煙を吐き出した。その表情に、ジャックは、あ、と不意に気付く――何故かは知らないが、これは随分と機嫌が悪い時に来てしまったようだ。いつもならこの程度、軽口として流しているはずだから。
 いや、それなら普通に断ってくれてよかったんだが。ジャックは口には出さずぼやいた。こんな環境でメアリーが文句を言わないわけがないとあんたも知ってただろう、あんたが俺の自室を煙草の匂いで満たした時、彼女が怒り狂ったのを見ていないとは言わせない。あの時アリソンは急いで換気するメアリーを見て大笑いしていた。同じ反応をすると簡単に予測がついただろうに、何故俺の連絡に用件も聞かず「来てもいい」なんて返したんだ。
 とにかく、何にせよ止めなければ、大喧嘩になる。……とジャックが動くより先に、女が口を開く。おおよそ、こういった状況において、彼が間に合った試しはない。青年はいつもの諦念に瞼をおろした。
「何しに来たんだ、君たちは。私の貴重な休日を説教で潰す気か?」
「説教したくてしてるんじゃないのよ、アリソンちゃん? あなたの生活態度が最低で最悪だから口を出したくなっちゃうだけなの、わかる?」
「成程、未だに使用人根性が抜けないのか。ああ、わかってるよ、君はただの居候だろう? ジャックから何度も聞いたさ。ハ! それなのに人の世話を焼いていないと生きていけないとはね、メアリー。君はきっと、生まれながらにして『使われる』ための人間なんだなあ? 恐れ入るよ」
 駄目だ、アリソンの機嫌が悪すぎる。ジャックは頭痛を覚えながら目を開き、少女が爆発する前にその間へ進み出ると、自分の背で彼女を隠した。とりあえずこうやってどちらかの視界を塞いでおけば口論は一旦止まるし、ある程度なら鎮火するのは今までの経験で知っている。こういうことばかり上手くなるな、などと、ジャックは頭の片隅で嘆息した。
「別に俺たちは説教をするために来たわけじゃないんだ、アリソン。勿論喧嘩をしたいわけでもないし、あんたを不愉快にさせたいわけでもなければあんたの生活の邪魔をしたいわけでもない。来るなり煙草臭いと言ったことは謝るよ」
 フン、と女が鼻を鳴らして、不意にきょろりと視線を巡らせると、「灰皿がない」と舌打ちをした。
「……何にせよ、来たからには話くらい聞いてやる。入りたまえ」
「助かる」
 なんだかどっと疲れた。もう帰りたい、とジャックは――今度こそ隠さずに――ため息を吐いてから、自分のコートを脱ぐとハットスタンドに引っ掛けた。アリソンはと言えば、既に左手にあった扉から部屋の中へと入っており、姿がない。それを幸いに思いながら、ジャックは自分の背で隠していた少女へと向き直った。ネイビーのスタンドカラーコートを着た少女は、ジャックの影にすっぽり隠れるほど華奢である。その青い目が、叱られるのを恐れる子供のように逸らされていたので、その愛嬌に、青年は少しだけ表情を和らげた。
「メアリー」
「……」
「大丈夫。謝れ、だなんて言わないよ。アリソンの態度も悪かったからね」
 というか、十八の子供に「煙草臭い」と騒がれたからと言ってあれほど怒るアリソンの方がジャックとしては大人気ないと思う――言葉の選び方も問題があり過ぎる。人を侮辱することに慣れ過ぎているのだ、彼女は。まだメアリーは学生だということを忘れているのか、関係ないと思っているのか。いや――
(……『躾のなっていない子供をひっぱたいているだけだよ』)
 そう言えば、あまりメアリーに強い言葉を使わないよう言った際に、そんなことを返してきたっけ。悪びれもせず、さも自分が正しいとでも言いたげな顔で。ジャックは絶句して、その時は結局何も言えずじまいだった。はっきり言って、今でもそれについてどう反論するのが正しかったのかわかっていない。否定すべきだったのは間違いないのだが、逆に言えばそれしかわかっていないのだった。無論、言いたいことは山ほどあった、例えば、あんたに彼女を『躾ける』権利はないだろうとか。躾も何も、出会い頭からあんたはメアリーを罵倒していただろうが、だとか――だが何を言ってもおそらく無駄だとジャックは悟っていた。何にせよ、アリソンはメアリーのことを――少なくとも、部分的には間違いなく――好いていないのだ、理由は知らないが。彼女の何を嫌っているのか、何度聞いても教えてくれないどころか、馬鹿を見るような、否、正しく「まったく本当におめでたいな、ジャック坊やは」と馬鹿にされたので、聞き出すのは既に諦めている。ただいつか、自分かメアリーに本気で頭を割られるかもしれないことだけは覚悟しておいて欲しい。どちらかというと自分の方が可能性は高いと思う。何しろ、彼女との初対面を思い出すと、今でも臓腑の冷える心地がするくらいである。
 やはりやめておくべきだったろうか、とも今更ながら思う。あるいは、自分一人で来るべきだったか。自分だけが傷つけられるのなら、ジャックは比較的平気だから。けれど今日の『これ』は珍しくメアリーが言い出したことであり、彼女を抜いた時点で何の意味もなくなることなのだ。少なくとも、ジャックの認識ではそうだ。
 だからジャックは、その『鞄』を抱きしめて俯いたままのメアリーに、優しく言う。
「ただまあ、彼女はあの通りで、あまり言うと本題からどんどん逸れていくから。それは君も本意じゃないだろう?」
「……そうね」
「うん。それじゃ行こうか」
 あまりここで時間を取ると、余計アリソンの機嫌が悪くなるだろうしな。
(……爆弾処理をしに来たわけじゃないんだけどなあ……)
 帰りたいな、と再度思いながらも、ジャックはメアリーから鞄を預かり、少女がコートを脱ぐのを待ってから、アリソンの後を追って部屋に入ったのだった。

 ◆

「それで、結局何をしに来たんだ?」
「その前に換気をさせてくれ、流石に気分が悪くなる」
 匂い以上に、煙たい。部屋の中はそれなりの広さがあるはずなのに、家具が薄白く見えるほど煙が満ちていて、アリソンが座るテーブルの上に置かれたガラス製の灰皿は無数の吸い殻で埋まっていた。ジャックがメアリーを説得している二、三分でこれだけ吸ったとは思えないので、自分たちが来るより前からずっと煙草を吸い続けていたのだろう――それこそ朝から。窓はぴったりとカーテンが閉じられたままだ。壁際に置かれたベッドはぐしゃぐしゃで、服を着替えた様子もない。もしかして起きてすぐ煙草を吸い始めてそのままなのだろうか、とジャックは益々アリソンが何故自分たちの来訪を許したのかわからなくなる。食事の支度さえ億劫になるほど機嫌が悪い中で、嫌いな人間が来ることを許す理由がない。
 案の定、女が苛立ったような緑色をジャックに向けた。
「嫌だね。私はこれで構わないんだ――嫌なら帰りたまえよ、誰も呼んじゃあいない」
「……」
 背中でメアリーが何か言いたげにする気配がした。が、それを遮って、ジャックは言葉を続ける。
「まあそう言わずにさ。あんたの健康にも悪いよ」
「私の健康の心配? 今更だろう」
 取り付く島もない。皮肉気に口角を吊り上げた女に、ジャックは少し考え、それから後ろを振り向くと、怒りを堪えるように眉を顰めたメアリーに、「ごめん、ちょっと部屋を出ていて欲しい」と告げた。その言葉に少女はその薄赤い唇を僅かに震わせ、おそらく抗議しようとして、それからすぐに、「わかったわ」と部屋を出ていった。それに「ハ!」と吐き捨てるようにアリソンが笑う。
「相変わらず過保護な男だ。共依存だぞ、それは」
「いい加減、殴られる前に口を閉じることを覚えろよ」
「おお怖い! 本当にジャック坊やは王子様の役が大好きだなあ?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「やってみろ。私に触れるものならね」
「殴るくらいの接触なら平気だって言ったらどうする?」
「どうもしない。どうせ私の方が強い」
 本当に口が減らない。ジャックは煙が充満した部屋を真っ直ぐ突っ切ると、カーテンと窓を強引に開けた。「おい!」とアリソンが怒鳴ったが、無視した。第一、本気で止める気なら窓へ向かっている途中で何らかの物理的な方法によって止められている。
 三階の窓から見える外の景色は、秋の温度をさせていた。
 入って来た風に煙が吹き散らかされていくのを見ながら、ジャックはアリソンの元へ戻ると、彼女の正面の椅子に座る。
「いいか、何があったかは知らないけど、来ていいと言ったのはあんただ。メアリーも一緒だって俺も最初から言ってる。彼女が煙草を嫌っているのもあんたは知ってたし、綺麗好きなのも知ってたはずだ」
「知ってるよ。メアリーが来るのもわかってたし許可した」
「じゃあ自分の機嫌の悪さをあの子にぶつけるなよ」
「彼女が煩いから悪いんだろう?」
「彼女はいつもあの調子だよ。あんただっていつもはあれくらい軽く流すじゃないか」
「いつもはいつも、今日は今日だ。今日の私は子供を甘やかしてやる気分じゃないんだよ」
「それは――」
 なぜだ、と問おうとして、ジャックはやめた。女が、フィルター近くまで吸いきった煙草の火を、灰皿に押し付けて消す。
「……自分の機嫌を他人に押し付けるのは立派な暴力だぞ」
 ジャックはそれだけ言って、テーブルに肘をついた。
「まさか、当たり散らすために俺たちが来るのを許可したんじゃないだろ」
「……そうじゃない」
「それならよかったよ。あんたを軽蔑せずにすむ」
「なんだ、まだ軽蔑されてなかったのか、私は」
 唇を――おそらく自嘲に歪めて――アリソンが椅子の背に体重を預けた。
「最低だとは思う時があるし、殺してやろうかと思う時もあるけど、軽蔑はしてないよ」
「私でさえ私を軽蔑しているのに。お優しいな、君は」
「あんたが自分をどう評価していようと、俺からあんたへの評価に関係はないからね」
「君の大事なメアリーを傷つけても?」
「勿論腹は立ってるよ。ただ……」
「ただ?」
「あんたが『そう』なってる理由が今日は何かあるんだろ。俺は知らないけど」
 それだけ言うと、アリソンが笑うのをやめて、ジャックを見た。その目にあるのは、泥のような猜疑と恐怖、それから、正体の知れない何かが浮かんでいる。酒の酩酊に淀んだ時と近い色を乗せたその瞳に、ジャックは眉根を寄せる。
「もしかして、『あれ』やってないだろうな」
「やってないよ。今日はずっと煙草だけだ、君が来るって言うから。匂いがつくと不味い」
「……そう」
 それは配慮――なのだろう。一応、彼女なりの。自分が破滅するのはいいが、ジャックやメアリーを巻き込もうとは思っていないということだ。
「――アリソン」
 返事はない。
「俺は、あんたのことを、嫌ってないよ。軽蔑する予定も今のところない」
「……最低で、殺したいのに?」
「それとあんたを嫌うことは俺の中でイコールじゃない」
 アリソンが、ふ、と、淀んだ眼のまま、笑った。
「まったく変なやつだよ、君は」
 ふふふ、ふふ、あははははは。力のない笑いが、椅子の背に凭れたままの女から零れる。
「……悪かったよ。大人気なかった。苛々してたんだ」
「だろうね」
「結局子供なんだよ、私もさ……」
 だから甘やかして欲しくなる。冗談か本音かわからない声音で、アリソンは椅子から立ち上がると、吸い殻の溜まった灰皿を掴み、近くにあったゴミ箱へと中身をすべて捨てた。
「軽蔑して欲しかった?」
「君に軽蔑されたら、さぞ気持ちが良かっただろうな」
「……どう言う意味で?」
「躊躇なく君を罵倒できるし、君の大事なものも罵倒できる」
「いや、今でも躊躇はないだろ?」
「これでも言葉は選んでる」
「選んであれか……」
 ジャックは出会ってから今日までのアリソンによる罵詈雑言と皮肉を思い出し、更に先程聞いたメアリーへの罵倒を思い出し、それらを噛み締めてから、額を押さえた。なんで俺、この女のこと許してるんだろ。そんなことも頭を過った。初対面で母の事件を持ち出され、自分を庇ったメアリーのことも罵られ、自分自身も罵られているのだが。なお、メアリーは既にジャックの知らないところでアリソンを殴ったとのことである。本人から懺悔された。平手打ちをお見舞いしたらしい。アリソンからも、「君の彼女にこの前殴られたよ」と報告されたので、間違いはないのだろう。仕方ないなと正直ジャックは思ったし、「仕方ないだろ」と実際に双方へ言ったし、今でも仕方ないことだったんだろうと思っている。
(悪人じゃないんだけどなあ……)
 悪人じゃないだけなんだよな。人の神経を逆撫でするし、触られたくないところにも平気で触ってくるし、馬鹿にするし、彼女との会話はいつも言語による戦争を行っているような心地がする。無論、専らジャックの負けである。それで何故、自分は彼女のことを見捨てたり嫌ったり軽蔑していないのだろう。ジャックは額を押さえたまま、もう今日だけでも何度目かわからないため息を深く吐き、皺が寄ったままの眉間を揉んだ。
 何故か、など。くだらない問いだ。理由などわかっている。わかりきっている。
『全員同じだから』だ。ジャックも、メアリーも、アリソンも。全員同じだ。だから多分、メアリーもアリソンを平手打ちしておきながら、ジャックと同じく、突き放せずにいる。
 ――甘やかして欲しくなる。女から聞いたばかりの言葉を思い浮かべて、ジャックは返事を探し――
「……出来ればもっと選んでくれ」
 苦い顔のまま、そう言ったのだった。
 
 
 
(続く)